訪問歯科医えるさの日記

フリーランス訪問歯科医が診療していて気づいたことを書いています。

みんな知らない「入れ歯のハナシ」

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入れ歯を作る時に、

 

「今日は型取りしました。」

「じゃあ次回出来上がりますか?!」

「いやぁ…まだだいぶかかります…1ヶ月くらいかかります…」

「そんなにかかるんですか?!」

 

というやりとりを必ずと言っていいほどします。

 

入れ歯を作る工程に関しては歯科関係者以外はまず知らないので、「なんでそんなに時間がかかるの??」という疑問が生まれると思います。

今回はそのステップを知っていただくことで、少しでも入れ歯への理解と愛着が深まればいいなと思います。

 

 

型取り

歯の状態と “土手”(歯がなくなった部分;顎堤 がくていと言います)の状態を記録し、模型にして患者さんがいないところでもお口の中の状態を確認、再現できるようにします。

模型にすることで、実際には前からしか見られない口腔内を前後左右いろいろな方向から見ることができます。

 

型取りにはピンク色の冷たいベチョっとしたものを使います。アルジネート印象材と言って、材料は海藻で食物繊維の一種です。食品だと増粘剤、安定剤、ゲル化剤として使われているものと同じみたいです。

 

入れ歯の場合、先生によっては型取りが1回ではなく2回以上になることもあります。それは個人トレーといってその人専用のオーダーメイド式トレーを作り、そのトレーで再度型を取ることでよりその人のお口にあった入れ歯を作るためです。

 

この後の話も含め、入れ歯の作り方は1通りではなく、細かい違いも含めれば無数にあると言ってもいいくらいです。大学によっても教え方が違いますし(流派みたいな)、先生によって、患者さんの状態によっても作り方は違いますので、「これをやらないからダメ」ということはないです。今回の話は絶対に欠かせない基本の骨格の部分のみにしています。

あえてくだけた言い方にすれば「職人芸」みたいなところもあるので。

こういう部分は外科の先生もそうなのかも?機会があれば聞いてみたいですね。

 

Column

ちょっと脱線しますが、歯科医師は顔や名前を見なくても模型を見るだけで患者さんを特定することができます。歯の形、歯並び、どの歯が欠損しているか、土手の形、口の大きさなどで判断できます。

なので、歯が全てあっても、なくても、全て被せ物でも、自分が担当していた患者さんならその人と特定できます。

この能力を生かして、大規模災害時や事件の際に人物の特定作業を依頼されることもあります。

学生時代に先生たちに患者さんの模型を持っていくと、その先生がしばらく見ていない患者さんでも「これ〇〇さん?」と当てるのを見て非常に驚いたのですが、今となっては普通のことになってしまいました。慣れってすごい。

 

噛み合わせ

型取りまでは知っているし、やらないとできなそうなのはわかるけど、それ以外何してるのか分からない、という人がきっと多いと思います。

 

型取りが終わったら次は噛み合わせの記録をとります。これがないと絶対に入れ歯はできません。

そして歯科医師にとってはこの工程が(特に訪問診療では)一番難しいと個人的には思います。

 

型取りで上下の歯並びを再現した模型ができますが、その2つの模型をどの位置で噛ませたら実際のお口の中の状態と同じになるのか、上下2つの模型の位置関係を決めるための工程です。

上の歯に対して下アゴが明らかに左右どちらかに寄っているとか、前にアゴを出した状態で噛み合わせを再現してしまうと、出来上がる入れ歯もその状態で噛むようにできあがってしまうので、非常に噛みづらい入れ歯ができてしまいます。

 

訪問診療の患者さんは疾患の問題で姿勢の保持が難しく体が傾いてしまったり、認知症で意思疎通が難しく「噛む」という意味がわからなかったり、無意識のうちに左右の歯が残っている方に寄せたり顎を前に出してしまう人も多いので、型取りではこちらがある程度制御することもできるのに対し、噛み合わせの記録は患者さんの協力が必須なので苦労します。

 

型取り、噛み合わせの記録を取ると、2つの模型を「咬合器」という器具に装着し、患者さんのいないところでお口の中の状態を再現できるようになります。

↓の写真は上下の模型を咬合器につけて噛み合わせを見ているところですね。

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画像:https://www.whitecross.co.jp/articles/view/1321

試し入れ

お口の中の状態を再現できたら、いよいよ入れ歯を作っていきます!

 

ここからは主に技工士さんのお仕事になります。

技工士さんとは、模型に合わせて入れ歯、被せ物を作る作業をする人たちです。ほぼ全て手作業で作っています

歯医者には欠かせない存在です。

 

部分入れ歯の場合、まず金具部分から作ります。あの金具も全てオーダーメイドで作っているんですよ!

歯科用の蝋を使って金具の形を歯に合わせて作り、鋳造します。細いものは針金を曲げてつくります。

 

次に、入れ歯のプラスチック部分を作っていきます。歯とピンク色の歯茎の部分ですね。

まず仮のプラスチックの材料で歯茎部分の土台を作り、その上に歯科用のワックス、つまり蝋をのせます。

その蝋の上に、反対側と噛み合うように1本ずつ人工のプラスチックの歯を並べていきます。

2mm違うだけで見た目が違ってきますし、使い心地に影響してきます。

歯の数が多いとこの作業にとても時間がかかり大変です。技工士さんもたくさんの仕事を抱えているので、この作業に1週間程度かかります。

 

歯を並べ終わったら咬合器上で噛み合わせを確認し、一旦歯科医師のもとに返ってきます。

この「仮の入れ歯」を試しに患者さんのお口に入れてみて、実際の噛み合わせが咬合器の噛み合わせと違っていないか、見た目はどうか、などを確認します。

 

試し入れをして問題なければいよいよ完成に進みます!

 

入れ歯の完成

仮の入れ歯をまた技工士さんにお返しして、完成品にしてもらいます。

 

人工歯はそのままに、仮のプラスチックの土台とワックス部分をピンク色のプラスチックに置き換えます。

ピンク色のプラスチックに置き換えたら、噛み合わせを整え(置き換える作業で微妙に噛み合わせがずれるのでそれを修正します)、ピカピカに研磨して、ようやく完成です!!

 

技工士さんの作業部分をまとめた動画を見つけたので貼らせていただきました↓

www.youtube.com

 

これは総入れ歯の工程なので金属はないですが、歯を並べてから研磨までの作業の流れが短くまとめられています。

 

ワックス→プラスチックに置き換えるところについて簡単に解説しますと、蝋でできた仮の入れ歯を石膏に埋めることで、仮の入れ歯の形を石膏で「型取り」する、要は「鋳型」を作り、そこにピンクのプラスチックを流し込むということです。

この作業はお湯で温める時間が長いので、試し入れ→完成にも1週間程度かかります。

 

まとめ 

入れ歯が出来上がるまでには上記のステップが欠かせず、歯医者と技工士さんたちが1つ1つ愛情こめて作っています!

 

私も大学にいた頃は技工士さんが行う工程も自分でやることがありましたが、自分で作った入れ歯は自分の「作品」なので、自分の子供を嫁に出すような感覚です(経験ないけど)。

 

みなさんの入れ歯に対する理解が深まることで、愛着を持って大切に使っていただけたら嬉しいです。